シリーズ「丁子屋流の着こなし」江戸小紋 前編
きもの愛好家たちを魅了してきた江戸小紋は、大名ら武家の裃から発展し、元来格の高いきものです。今なお現代人の心を捉えるのは、歴史もさることながら、ひとえに伝統技術の結晶だからといえるでしょう。
洋服で過ごす時間がメインの現代においては、「きもの始め」に一枚持っておくと便利です。これは丁子屋が虎ノ門という都会の片隅で、都会で働く女性たちにお伝えし続けてきたことです。ではどう便利で、どう着こなせば良いのでしょうか。お店の中では、なかなかゆっくりお伝えできていない丁子屋流のお話をしてみたいと思います。
このシリーズでは、五代目、六代目女将を始めとして、丁子屋メンバーそれぞれの思いや着こなしについて、ご紹介して参ります。江戸小紋前編の今回は、二人の女将です。
五代目女将の場合
江戸小紋は、母が三重県で伊勢型紙に魅了されて以来、丁子屋で取り扱いを始めて約半世紀。
ちょっとしたお祝いでよく着るのは、背に丁子の伊達紋を入れた紫色の万筋で、八掛に宝尽くしを京刺繍で散りばめたものです。青山の能楽堂で鼓の会が行われたときのことですが、8人の演奏家はそれぞれ、付下げ、訪問着、江戸小紋などお召しになっていました。皆さん、能舞台に合わせた落ち着いたきものに、格のある名古屋帯。このようなシーンで訪問着の方にも失礼にならない江戸小紋はとても重宝します。
丁子は宝尽し柄の中にも入っているのですが、当店の屋号ですので愛着があり、黒地に丁子柄の江戸小紋も持っています。展示会に赴く際に、制服のような感覚で身につけます。自分の好きな柄と色を選べることが、便利さだけではない江戸小紋の魅力です。結婚前に母が仕立ててくれた毛万筋は、薄い鼠を色掛けしてワイン色に。染物の面白さは、色掛けにより新しい一枚に生まれ変わる点もにもあるでしょう。現在は着付けの練習用になっています。単衣は、千筋より少し荒い縞で、東京染小紋。全体的に赤みのあるベージュです。単衣時期の展示会や店内イベントで着用しています。
着るものは自分のためだけではなく、相手の方への敬意だと教えられて育ちました。プライベートな会合は別ですが、公共性のある会やパーティーシーンで格の低いものは、主催者や出席者に対して失礼にあたるというのが洋の東西を問わず一般常識です。きものは自己表現の一つ。普段着や趣味以外の社会的な場において、派手すぎず粋にきものを着たい方に、江戸小紋をおすすめしています。
六代目女将の場合
迷ったら、私は江戸小紋を選びます。それほどに便利な江戸小紋の使いこなし方や、それぞれのこだわりなどをご紹介してみたいと思います。
1枚目は、初めて誂えたポリエステルの単衣。色は水色、柄は鮫小紋です。ポリエステルですが、格はしっかり江戸小紋。着付けのお稽古やお免状式など、ビギナーの時には本当に大活躍しました。お茶のお稽古着としてもおすすめです。クラシックな着こなしに少しばかり抵抗があった当時、好きな色をチョイスできることが嬉しかったです。着物自体に主張が強くあるわけではないため、帯の柄などを気にせず、モダンに合わせることができて、非常に重宝しました。
2枚目は、お姑さんのお下がりで、真っ赤な青海波鮫小紋に鼠色の色掛けをし、落ち着いた赤にしました。一つ紋が入っているので、略礼装として着用したり、展示会や催しの時に着ています。袷のきものです。
3枚目は、黒の毛万筋を袷で誂えました。正絹の江戸小紋です。お免状式や会食などでもよく着用しています。よく見ると縦縞は均等ではなく、手染めの風合いにより絶妙によろけています。昨今のプリント染めや長い板を使って染める毛万筋の江戸小紋には、このようなよろけはありません。白生地を黒の毛万筋に染めた江戸小紋は、遠目から見ると薄いグレーのかっちりとしたスーツのような印象を与えます。格調高い袋帯と合わせてフォーマルなパーティに出席したり、絞りの帯と合わせてカジュアルダウンすることもできます。
4枚目は、薄いミントグリーンの鱗柄を誂えました。鱗紋は遊び心があり、模様も比較的大きめではっきりとしています。師走のお免状式で着るために袷で誂えましたが、白系の帯と合わせて若葉の時期に最も映えるお色です。暑がりの私にとって4月後半の袷は苦しいので、次に誂える時は、単衣の丁子柄を白茶で考えています。
これから江戸小紋を誂えたいと考えていらっしゃる方に、またお手持ちの江戸小紋の活用に、ご参考になると幸いです。
次回後編は、丁子屋メンバーの江戸小紋。楽しみにお待ち下さい。